「叩くことは必要?」「言うことを聞かない子、どうしたら?」
体罰の是非が話題になっています。子育ての場面でも、しつけのために叩いたり、体罰を与えるケースが少なくありません。「しつけ」とは、そもそもどういうことなのか、しつけるために、どうしたらいいのか。子どもの心相談医でもある内海裕美先生に伺いました。
内海裕美先生
吉村小児科(東京都文京区)院長。日本小児科学会認定医。医学博士。日本小児科医会子どもの心相談医。地域のお母さん対象に子育て支援セミナーを毎月1回開催、子育ての話や絵本の話をしている。
「しつけ」は「躾」と表されるように「身を美しく」の意味で、人間らしい美しい身ごなしになるように自らを修練させることを意味します。自分で自分の行動を律すること、つまり自分の頭で考えて判断して行動を選択し、決定できる(自律性)ように導くことがしつけです。叩いたり怒鳴ったり叱責して子どもの行動をコントロ ールすることは、しつけとは違うのです。
「しつけとは、社会の中で生きる道筋をつけてあげること」だと、私は思っています。いろいろなことに、子どもがどう折り合いを付けて解決していくのかということを学ばせることが必要です。
もうひとつ大切なのは、「親の思い通りにさせること=しつけではない」ということです。子どもは、親とは別な存在。もともと思い通りにならない別な存在です。もちろん、思い通りにならないからとほったらかしにするということではありません。社会の中で生きて行かれるように、言って聞かせていくことが大切です。
「叩く」「怒鳴る」などの行為には即効性があります。叩かれると、痛い、怖い思いをしてビックリし、叩かれたくないから、その行為を一旦やめるでしょう。即効性があるので、繰り返されることになります。それ以外の「しつけ」の方法がわからなくなってしまう危険があります。そしてエスカレートしていきます。叩かれて鼓膜が破れてしまったり、歯が折れたり、倒れた拍子に思わぬケガをしてしまうこともあります。
子どもを叩いたり怒鳴ったりするのは、ほとんどが大人の怒りのはけ口。しつけの効果を期待できないどころか、「腹がたったら暴力を振るっていい」ということを子どもが学んでしまいます。友だちとトラブルになったり自分の思い通りにならないときに言葉を使って解決するのではなく、相手を叩いたり、口汚くののしるようになります。それがいじめにつながるケースもあります。叩かれたり怒鳴られたりすると、それを避けるためにだけ行動をするようになります。叩かれるまではやってもいいんだという基準も、子どもの中に芽生えてくるでしょう。そのうえ、子どもは「自分は悪い子だから」という自責の念や、「どうせ自分はだめなんだ」という無力感を持つようになります。
年齢ごとに、困った場面が出てきます。
切り抜け方を内海先生から伝授いただきました。
「泣く」「ぐずる」
お母さんお父さんを困らせるために泣いているわけではありません。言葉が話せないから、泣くことが不快を伝えるメッセージ。自分で何もできない赤ちゃんは、泣いて伝えるしかないのです。ミルクをあげても、おむつを替えても抱っこしても、泣きやまないこともあるでしょう。そんな時には外に出ると案外泣き止むことがあります。それでも泣きやまないのであれば、小児科受診もお勧めします。
「食べこぼす」「食べ物を投げる」
「食べ物を大切に」と言っても、まだわかりません。食べこぼされてもいいように床に新聞を敷くなど工夫しましょう。手づかみ食べの時期は、手づかみしやすい食べ物を用意してあげましょう。投げるのは、食べ飽きて食べ物で遊んでいるから。おなかいっぱいになったら、「ごちそうさまだね」とさっと片づけてしまいましょう。
「イヤイヤ」「自分で」
イヤイヤ期は、自分で決めたい、心が自立する大切な時期。自分でやりたがるなら、やらせてあげて、子どものやりたい気持ちを育てましょう。やって欲しくないことは、根気強く説明したり、言い方を変えてみます。スーパーでだだをこねるなど、どうしても大変なら、しばらくその場所には子連れで行かないというのも一つの方法です。
「言うことを聞かない」
子どもの行動には理由があるので、まずは子どもの言い分に耳を傾けてください。気持ちを否定せず、困った行動は、どうしていけないのかをわかりやすく具体的に説明します。良いところはすかさずほめましょう。
先にも書きましたが、「親の思い通りにさせること=しつけではない」ということです。トラブルは、しつけのチャンス。いい行動を教えてあげましょう。たとえば、病院で騒いでいたときに、「静かにしなさい!」と言っても、年齢によっては、どう静かにすればいいのかわかりません。「ここに座って、絵本を読もう」「お話しはひそひそ話でね」と、具体的にアドバイスしましょう。なぜ騒いではいけないのか「病気の人は、うるさくされると疲れちゃう。それに、走って病気の人にぶつかると大変だよね」と、理由も伝えてあげましょう。待ち時間が長くて子どもが待ちきれない場合は、待ち時間を確認して病院の外で待つのも一つの方法です。年齢によって、その場面に合うように行動するのが難しい場合には、別な方法で切り抜けられるよう、工夫しましょう。
もちろん、一度言ってもわからなかったり、その通りにできないことの方が多いでしょう。でもそれを伝え続けることが大切です。いろいろな場面を経験し、親とのコミュニケーションを通して学び、それを繰り返すことで、自分で考え判断できるようになっていきます。
子どもの発達を理解し、親がそれに合わせて対応することはとても大切です。たとえば、言葉がわからない子に、やってはいけないことを伝えるのは無理な話です。興味を持っていろんな場所に行きたがる、いろんなものを触りたがる……。そんな時期には、危ないところに行かれないようにする、危ない物を触れないように環境を整えるというのが、親の役目でしょう。
成長に伴って、自我も出ますし、行動範囲も広がるので、叱ることが増えてきます。でも、日常叱っていることが、本当に叱らなくてはならないのかを、今一度見直しましょう。叱られることが多すぎては、子どもも何を守らなくてはいけないのか、わからなくなってしまいます。 状況によりますが、「叱る」前に、「なぜそうするのか、子どもの気持ちを聞く」ことも大切です。
叱っている多くの場合は、親の都合によることがほとんどではないでしょうか。 大人でも仕事に集中しているときに、急に切り上げるように言われたら難しいですよね。子どもが遊びに集中している時に「さあ、帰るよ」といきなり言われても、気持ちを切り替えるのは大人よりさらに難しいことです。「さあ帰るよ」は、大人の時間の都合。「バスが行っちゃうから、時計の針が○のところになったら、一緒に片づけよう」など、心が準備できるような時間を作ってあげましょう。
子どもであっても、親の付属物ではなく、別な個性や考え方を持った1人の人間です。それを踏まえた上で、アドバイスし、見守り育んでいきましょう。良いところも悪いところも受け止めつつ、社会で生きて行かれるように道筋を示してあげましょう。それが、子どもの心の土台を作ります。
思春期の頃は特に、この「自分のままでいい」という気持ちを持てているかということが大切です。いろいろな人とのコミュニケーションで、悩み傷つくこともありますが、「人と違ってもいい」「自分は自分」と自分自身を認められること、それが心を守るバリアにもなります。それがあると、友だちとのトラブルや気持ちの行き違いがあっても、最後のところで自分の心を守れる強さになります。
子どもとの関わり方は、いつからでも方向修正が可能です。叩くことはやめて、子どもの心を考え、アドバイスするようにしてみましょう。体罰や威圧ではなく、コミュニケーションを主体にしてしつけると、きっと親子に笑顔が増えて、親子関係がよくなっていくと思います。
子育てやしつけには時間がかかります。繰り返し繰り返し根気よく。こういう風に育てたいと思うなら、そういう大人のモデルを見せることが効果的。つまり親や周囲の大人がモデルになっているかどうかが問われるのです。たいていの場合、子どもは親の真似をして育つと言われています。
あせらないこと、他の子どもと比べないこと、わが子のいいところ探しをすること、脅かしたりはずかしめたりしないこと。子どもの個性や発達段階に合わせること。そして困ったら、誰かに相談しましょう。
イラスト/サカモトアキコ 取材・文/高祖常子