パパも頑張ってはいるんだけど……
仕事と子育てを両立したいけれど、うまくいかない、ママからも責められる……。心身の不調に陥るパパも少なくありません。現状と回避策を国立成育医療研究センターの竹原健二先生にアドバイスいただきました。
竹原 健二先生
国立成育医療研究センター研究所研究員。母子保健に関する疫学研究に取り組み、若者の性行動や結婚行動、妊娠・出産、助産ケア、立ち会い出産、父親などのテーマを中心に、現場の問題意識に基づいた研究を実施している。3児の父。
ママが産後うつになることがあるというのは聞いたことがあるけれど、「パパの産後うつって、そんなものがあるの?」と思った人も多いのではないでしょうか。
ママは出産後、急激なホルモンバランスの変化によって、気分が落ち込むなど情緒が不安定になるマタニティー・ブルーズを経験する人が約8割。それが2週間以上続く場合や、産後数週間後に生じた場合を産後うつと言い、ママの10人に1人が産後うつになっていると言われています。
ママの産後うつについてはいろいろな研究が行われてきていますが、パパにも産後うつがあるというイギリスでの研究結果が、2005年に社会科学系のトップジャーナルで報告されました。そのころの日本では、父親の産後うつというのは、全く聞いたことがない話でした。ただ、子育て中の知人に話を聞くと、パパの具合が悪くなった、パパが落ち込んでいるなどの話を立て続けに聞くことがありました。
さらに2010年にアメリカのトップジャーナルで世界中の先行研究の結果を統合・再解析した結果、妊娠期から産後1年までに父親の約1割が、メンタルリスクを抱えているという論文が発表され、これは日本でもテーマにしていく必要があると思いました。父親の産後うつの研究結果を集めて2012年に小児保健関連の学術誌に論文を発表しましたが、全く反響がなかったというのが日本の実情です。
ただし、欧米のパパたちに産後うつがあって日本人のパパにはないのかというとそうではありません。産後のママ向けに行う「エジンバラ産後うつ病質問票」という問診票がありますが、これを我々の研究チームや、国内の別の研究チームがパパ向けに行ったところ、約1割のパパが産後うつのリスクありと判定されていたということがわかりました。産後のママの約1割が産後うつになっていますから、パパも同じ割合で産後うつになっているのです。
ママは出産によって大きなホルモン変化があり、気分の波や手助けが少ないなど周囲の環境などが引き金となって産後うつになると言われていますが、出産しないパパはなぜ、産後うつになってしまうのでしょうか。その原因はいくつかありますが、経済的不安、労働環境、夫婦の不仲などがあげられます。それら1つの原因ではなく複合的な影響によって、パパの産後うつが引き起こされます。妻からの期待、やるべき仕事、やらなきゃいけないこと……。短期的なことなら何とかなっても、育児は中長期戦。たぶん10年以上前はパパへの要求度はさほど高くなかったので、パパ自身、そんなに追いつめられていなかったのではないかと思います。パパの産後うつは新しい日本の問題とも言えるでしょう。
「育児をしない男を、父とは呼ばない」(当時の厚生省)というポスターが話題になったのは1999年。2010年には男性の育休促進ということで「イクメンプロジェクト」が発足。このあたりから、パパ育児・家事への期待が加速してきました。長時間労働が是正されない中、会社で長時間働き、家でも家事育児をもっと負担するべきと、双方向から追いつめられ、パパのキャパシティが限界を超えるところまで来ています。
※調査年月は国により1998 年~ 2011 年。国により定義の相違がある。平成23 年社会生活基礎調査をもとに作成
私自身も子育て中なので、特に乳幼児期は子育てが大変なことは理解していますし、パパも育児・家事にもっと関われる方が家族のあり方としても、子どもにもいい影響を与えると思います。働き方改革も叫ばれてはいますが、日本の場合は通勤時間も長いのが現状。子育ては家族がするものという意識がまだまだあり、子どもを預ける、家事を代行してもらうなどのファミリーサポートを受けにくい風土もあります。
また、ママが産後うつになると、パパが仕事をしながら、育児・家事とママのケアを一手に担うケースも出てきており、それによってパパが産後うつになるリスクが高まると言われています。気分が落ち込み、気力や体力も減退してしまう中で家庭を回していかなくてはならないのはとても辛いもの。子どもへの育ちにも影響が出てくるでしょう。
ママは母親学級や両親学級などで、妊娠期からの情報や「パパにも協力をしてもらいましょう」と啓発されます。産後はメンタルヘルスを崩しやすいから気を付けるようにという啓発も進んできています。ただし、それはママへの支援。パパもメンタルヘルスを崩しやすいこと、子育てをスタートするに当たって、仕事量を調整することも考えていくべきなどのアドバイスはほとんどなく「ママや子どもにこうして接しよう」という情報提供ばかりがされているのが現実です。
立ち会い出産を希望するパパも増えています。パパ自身が立ち会いたい場合はいいですが、パパによっては「血は苦手」「怖い」という考えを持つ人もいます。もちろん、ママの方が大変で応援したいという気持ちはあっても、パパ自身の苦手意識や辛い気持ちも、考慮されていいのではないでしょうか。
気分のアップダウンありませんか?
パパも自分を客観視チェックしてみましょう!
「産後うつセルフチェック」
※質問は「エジンバラ産後うつ病質問票」を参考に編集部でアレンジしています。
ではパパが産後うつにならないためには、どうしたらいいのでしょうか。まずは、長時間労働をやめること。パパが育児・家事をしたくてもやる時間がとれない現状を改善することが急務です。会社ではママパパ問わず子育て中の従業員に対して上司が働き方を配慮したり、そもそも育児や介護で時間制限がある従業員が負い目を感じないように、社会全体の働き方を見直すことも必要でしょう。
そして周囲の協力者を増やすこと。パパ友、ママ友、または子どもがいないご近所の人たちとも相互扶助のネットワークを組み、一緒に子育てしていける環境を作っていきましょう。
もう一つ重要なのは、妊娠中から夫婦で相談することです。ママや子どものケアはもちろんですが、パパ自身が自分の働き方や時間配分を考えてみること。どんなに育児家事したいと思っていても、職場まで片道2時間かかるのに、帰宅後に家事・育児するなら睡眠時間を削らないとならなくなります。祖父母やご近所、行政の子育て支援サービスも利用しながら、夫婦でこの大変な時期を一日、一日、協力して乗り越えていきましょう。
ママもパパも産後うつにならないに越したことはありません。大変な時期ではありますが、産前・産後を上手に乗り越えてほしいと思います。そのためにも、お互いに思いやりを持ち、より丁寧にコミュニケーションをとりましょう。月並みですが、やはりこれがとても大切なことなのです。
取材・文/高祖常子
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