脳の発達を知ってすこやかに!
子どもの成長の源である、脳。子どもの脳は、どのように発達していくのでしょうか?脳をすこやかに育むために、親としてどのように関わっていけばよいのでしょうか?16万人もの脳画像を見てきた脳医学者・東北大学加齢医学研究所教授の瀧靖之先生に伺いました。
瀧 靖之先生
東北大学加齢医学研究所教授。医師。医学博士。脳の発達や加齢のメカニズムを明らかにする研究者として、これまでに16万人以上の脳MRIを読影、解析。最新の脳研究と自身の子育て経験をふまえ『賢い子に育てる究極のコツ』(文響社)を出版、他、著書多数。1児の父。
ねんねばかりだった赤ちゃんが、首がすわって、寝返りして、おすわりして、はいはい、たっちを経て歩き始め、言葉を話す……。乳幼児期の子どものめざましい発達の源は、脳にあるといっても過言ではありません。
人間の脳は、生まれた直後からすべての領域がいっぺんに発達するわけでなく、場所によって発達のピークが異なります。子どもの脳がどのように発達していくかを知り、発達に応じて親や周りの人が適切な関わりをしていくことで、脳をすこやかに育てていくことができるのです。
恐竜が大好きで本や図鑑も恐竜のものしか読みません。
脳には、何かひとつの特徴がのびると、それに直接は関係しない部分の能力ものびる「汎化(よんか)」という特徴があります。ひとつの分野に熱中すると、それに関連する神経細胞のネットワークを強化され、それにつられて他の部分も最適化されるものです。子どもが何かにのめりこむことは、脳にもいいことがあるといえます。親子で図鑑を楽しんだり、博物館に連れて行ってあげるといいですね。
脳をすこやかに育てる習い事の考え方を教えて。
子どもが興味をもったものなら何をさせてもOKですが、子どもだけでなく、親も一緒に楽しんだり練習につきあうなど積極的に関わりましょう。そうすると脳の働きがより活性化し、やる気のアップにつながります。何らかの理由で途中で辞めてしまっても、その経験は子どもの記憶に残るはず。大きくなってまた始める時にハードルが低くなるなど、結果的にその子の人生を豊かにしてくれるでしょう。
乳幼児期のスマホやゲームと脳の育ちの関係は?
脳医学の視点では、スマホやゲームと脳の育ちについての研究結果はまだありません。しかし、スマホやゲームのブルーライトは睡眠を妨げるので、寝る前に見ることは避けたいものです。また、「スマホやゲームによって親子のふれあいの時間が減る」観点からも、脳の発達にはマイナスです。“頼り過ぎ”に注意し、使用する場合は時間を考えて。
子どもの脳の発達は、脳の後ろの部分から前の部分に向かって起こります(左ページイラスト参照)。生後すぐに発達するのが、「物を見る」=視覚機能を担う「後頭葉」と、「音を聞く」=聴覚に関わる「側頭葉」です。
次に、「頭頂葉」にある「感覚野」と「運動野」が発達します。「感覚野」は手ざわりなどの触感を司り、「運動野」は体の動きを司っています。赤ちゃんが、音が鳴るオモチャに興味を示したり、生後半年くらいで母親と他の人の顔を区別できるようになって人見知りしたり、寝返り→おすわり→はいはいができるようになるのも、脳のこのような発達を知ると納得できるでしょう。
0歳から1歳くらいの赤ちゃん時代は、視覚、聴覚、触覚がめざましく発達するので、わが子の顔を見て話しかけ、たくさん抱っこして親子でふれあうこと、読み聞かせなどを通してたくさんの言葉を聞かせることで、脳もぐんぐん育っていきます。
「頭頂葉」の「運動野」は、指先のこまかい動き(巧緻運動)を司りますが、この部分は、3〜5歳に発達のピークを迎えます。脳医学の視点から考えると、この時期に、左右の手で別の音を弾くピアノなどの楽器に触れたり、積み木やブロックなどの遊びや、ルールや細かい体の動きをともなう遊び(スポーツ)に触れると、能力がのびやすいと考えられています。
脳の中で最後に発達するのが、思考や創造性を担う「前頭葉」です。「前頭葉」は小学生以降に発達し、その中でも、判断したり、計画したり、コミュニケーションを取る働きのある「前頭前野」は10代以降も発達し続けると言われています。「前頭葉」がすこやかに育てば、日々の生活の中でさまざまなトラブルに遭遇しても、判断力やコミュニケーション力などを駆使してより高度な人間関係を築けるようになるのです。
脳の発達の順番
乳幼児期の子どもの脳をすこやかに育てるために、いちばん大切なことは何だと思いますか?私は、「子どもの知的好奇心を育てること」だと思っています。
子どもは視覚や聴覚、触覚などあらゆる感覚が発達した1歳半から2歳くらいになると、脳のネットワークがはりめぐらされ、さまざまな物に興味を持ち始めます。散歩の途中、道ばたにある物を見つけ、「お花!」「葉っぱ!」などと言ってきたときには、好奇心に満ち、わくわくした気持ちで脳が活性化しているとき。「きれいなお花ね。この間はつぼみだったけど、ピンク色の花になったね。」「葉っぱだね。ハートの形をしているね」など、親が子どもの発見を受け止め、親自身が気づいたことをひと言添えて言葉を返しましょう。それにより、さらに発見や想像がふくらみ、脳に良い刺激を与えることができます。
好き嫌いが自分で判断できるようになる3、4歳くらいになったら、子どもが好きな物や興味のある物が載った図鑑を用意して、親子で一緒に楽しみましょう。たとえば電車が好きな子が、図鑑を見て新幹線に興味をもったら、駅や車両基地に行き本物を見る。これにより、子どもの中で“バーチャルな知識”と“リアルな体験”が結びついて、わくわくした気持ちが「知ること」につながる喜びを感じます。脳により強い刺激となって伝わり、脳にプラスの成長をもたらす……というわけです。
乳幼児期に育った知的好奇心は、何に対しても前向きに取り組む力や意欲の源となります。子どもにとって将来の心の大きな財産になっていくでしょう。
子どものすこやかな脳育てには、十分な睡眠とバランスのとれた食事も大切です。中でも、最近の研究で、脳の司令塔であり記憶を司る「海馬」の成長が、睡眠の量に影響を受けることがわかっています。十分な睡眠をとっている子はそうでない子に比べて海馬の体積が大きく、記憶力がすぐれていることが明らかになっています。
食事でいちばん大切なのは、朝食。子どもの脳は大人に比べて約2倍のエネルギーが必要なので、しっかり朝食を食べることで、脳が活動するために十分なエネルギーを摂取できます。
また、ほめられると、脳の側頭葉と頭頂葉、前頭葉に変化が出ることがわかっていて、すこやかな脳を育てるためには子どもをしっかり見つめ、適切に評価してほめることが大切と考えられています。逆に、いつも叱られてばかりだったり、体罰やネグレクトを受けていると、「海馬」だけでなく、情動を司る「帯状回」の領域も萎縮させることがわかっています。子どもが悪いことをしたら叱ることは必要ですが、叱ってばかりや叱り過ぎることは脳の成長に悪い影響を及ぼすのは明らかです。
乳幼児期は、脳医学的にみても、脳が著しく発達する時期。脳を成長させるチャンスは、毎日の生活の中にたくさんあります。スキンシップや言葉かけで親子の愛着や信頼関係を築き、子どもが興味をもったもの、好きなものを見つけた様子をキャッチしたら、それを応援してあげましょう。親自身も夢中になれることを見つけ、頑張ったり楽しんだりしている姿を子どもに見せながら、親子共に成長していきたいものです。
子どもをほめることと脳の関係
研究により、親が子どもをほめるほど、脳の中でも精神疾患等に関わる領域である後部島皮質の灰白質(赤色の部分)の体積が大きくなるという結果が出ています。
※Matsudaira et al.,PLos ONE,2016 より改変
イラスト/犬塚円香 取材・文/長島ともこ